シングルマザー支援という夢を現実に

Tさん(狛江市在住)プロフィール1.jpg

夫と死別後、事務職として働きながら産業カウンセラーとキャリアコンサルタントの資格を取得。現在は、ひとり親を支援する団体でひとり親の移住支援の業務に従事。プライベートでは、死別シングルマザーのためのランチ会やオンラインでのお茶会を開催されています。ご家族は、息子さん二人(12歳、10歳)。はあと飯田橋初回来所は2011年。

 

「がんばらなくていいよ」と言われて

―はあと飯田橋に来所されたきっかけを教えてください。

死別してすぐのころホームページを拝見して相談に行きました。そのころ私は周りから、「子供がいるからがんばれ、がんばれ」と言われていたのですが、職歴もないし次男は1歳になったばかりで、いっぱいいっぱいでした。そんな時に相談員さんに「がんばらなくていいよ」と言われて、本当にほっとしたのです。「いずれ子供が成長して思いっきり働ける時期がくるから」という言葉を聞いて、正社員にならなくちゃという呪縛がとけて、気持ちに余裕ができました。こんな温かい人になれたらいいなと感じました。

 

―その言葉がきっかけで、Tさんのお仕事探しのスタンスも変わったのでしょうか? 

はい。相談員さんとも話し合って、「職業訓練に行ってみたら」というアドバイスをいただき、医療事務の職業訓練に半年間通い、フルタイムの仕事に就きました。医療関係では4年ほど働きました。

 

―その間に、産業カウンセラーの資格をお取りになったのですか?

そうです。仕事が決まってからもはあと飯田橋にはご相談に伺っていました。仕事上のことだったり、家庭のことだったり。ひとり親向けの情報もいろいろいただいて、その中に企業さんがやっているひとり親のためのキャリアアップ支援というものがありました。キャリアアップの目的で資格取得を後押ししてくださるプログラムで、自分には産業カウンセラーの資格をとるという発想はなかったのですが、キャリアコンサルタントの方が勧めてくださったのです。同じ立場の人の力になりたいという気持ちをお話ししたからだと思います。

資格のために勉強したおかげで、自分が伝えることよりもお話を聴くということに重きを置くことができるようになりました。患者さんとの関係が、スムーズになり仕事が楽しくなってきました。

 

カウンセラーの資格取得からシングルマザー支援の仕事に  

―医療関係の仕事から、現在のシングルマザーの支援団体に就職された経緯をお聞かせください。

 産業カウンセラーの資格を取ってから、今働いている団体でひとり親支援コンシェルジュを育てるという講座があるのを知りました。その講座を受けたときに、代表と副代表に「何もできないけれどお仕事をさせてください」とお願いに行ったのです。

根性があるとも見込まれたようで、事務職の産休代替としてお声をかけていただきました。産休代替ですから3か月だったのですが、たまたま正職員の方が辞めてしまうということも重なって、現在はフルタイムで働いています。

転職して3年、地方自治体関係の移住の仕事に携わって1年になります。

 

―シングルマザーの力になりたいというTさんの熱意が現在のお仕事のつながったのですね。仕事としてシングルマザーにかかわってみていかがですか?

私は死別でしたが、離婚でひとり親になった方の大変さがわかりました。いろいろな生き方があって、自分で決めていくことを楽しんでいる方をみて、自分の運命に重く囚われなくなり軽くなりました。支援すること、人が変わっていく場に立ち会えることがすごく楽しいです。大変ですがやりがいはあります。

 

仕事の経験も生かしてやりたいことを

―シングルマザーの支援という夢を現実のものとされて、さらにTさんはやりたいことを実現なさってらっしゃると伺いました。

 死別のシングルマザーのランチ会と、オンラインでのお茶会を月に一回、定期的に行っています。自分もすごく元気になるし、同じ立場の方と出会えることがすごくラッキーと感じます。安心感があって、人に言えないことをフランクに話せる場があって、同じ境遇というだけで自分の気持ちをオープンにできるので楽になります。

 

―今後はどのように進んでいきたいですか?2.jpg

 今は社会が落ち着いていないので、オンラインでの開催ですが、全国の方と直接会ってみたいというのが夢ですね。それから、人には安心して自分を話せる場が必要だと思います。私はカウンセリングを受けてきたのですが、素晴らしいカウンセラーと出会うことができて、元気を頂いたので、死別の方、パートナーを失った方のカウンセラーとして活動したいと思っています。ライフワークとして取り組んでいくのかなと思います。

 

ご家族への思い

―ご家族に対してはどのような思いがおありですか?

子供は二人ですが、死別したときは長男が3歳、次男が0歳でした。今は小学校6年生と4年生。いろいろありましたがハーフ成人式も迎えました。私がいなくても自分のことができるようになったし、元気にせいちょうしてくれたなあと思います。応援してくれた母には感謝しています。

 

―お子さん達は小さい時に父親という存在を亡くされているわけですね。

だから人に優しくできると思っています。人の痛みが分かるし、それを強みにしてほしい。全然悲観することはない。それは絶対強みに変わると思っています。パパがいないとやっぱり寂しいなっていう時もありますけど、でも明るいです。

 

―どのようなお子さんになってもらいたいですか?

ああしてあげたいこうしてあげたいって思いつつも逝ってしまった父親のやり残しが、一切ないくらいいろんなものにチャレンジしてもらいたいです。

 

―失意の中から、一歩ずつ前に進んでこられて、こんなに生き生きとしてらっしゃるお母様の背中を見て育ってらっしゃるので、きっといろんなことにチャレンジしてご自分の人生を切り開いて行かれるでしょうね。

 

インタビューを終えて 

はあと飯田橋とのお付き合いは、10年になるTさん、シングルマザーから元気をもらっているご様子ですが、Tさん自身も変わってこられました。そして新たな目標に向かって動き出されています。そんなTさんのご様子に私たちも元気をもらっています。

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